対話と承認のケア: ナラティヴが生み出す世界

書名:対話と承認のケア: ナラティヴが生み出す世界
著者:宮坂道夫
出版社 ‏ : ‎ 医学書院
発売日 ‏ : ‎ 2020/2/25
言語 ‏ : ‎ 日本語
単行本 ‏ : ‎ 277ページ
ISBN-10 ‏ : ‎ 4260041614
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4260041614


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「ナラティヴ」は、ケアと対話の関係に、新しい可能性を切りひらく力をもっています。それは、対話自体がケアになるという可能性です。本書では、この可能性を考えるために、「ナラティヴ」を使って、ケアする人とされる人の二者関係を掘り下げていきます。ナラティヴ(物語)について書かれた書物はたくさんありますが、本書がそれらの書物とどう違うのかといえば、この「ケアする人とされる人の二者関係」を、最初から最後まで軸に据えていることです。

よく言われるように、人は物語を作りながら生きています。もっと言えば、「自分という存在」の意味や、「いまこうして生きていること」の意味を、物語を作ることで理解し、納得しようとします。これが、「私のナラティヴ」とか「自己物語」と呼ばれるものです。

ナラティヴについて書かれてきたものの大半は、この「私のナラティヴ」を軸にしています。ケアとの関わりで書かれた本ならば、「私のナラティヴ」とはもっぱら「患者のナラティヴ」であり、医療従事者のような「ケアする人」は、その「患者のナラティヴ」に耳を傾ける人、すなわち「聞き手」の役割を持たされています。

これに対して、「ケアする人」の側にもナラティヴがある、というのが、本書のスタンスになっています。ケアする人とされる人が完全に対等な人間だと考えるなら、ほんらいは次の二つを同時に考える必要があるはずです。

   ケアする私の前に、ケアされるあなたがいる。

   ケアされる私の前に、ケアするあなたがいる。

こうして並べてみると、「私のナラティヴ」とは、ケアをする人とされる人が、各々に抱えもっているものだということに気づきます。もっといえば、「私のナラティヴ」は、たった一人でつくりだすものとは限らず、「あなた」の前でつくられるのかもしれません。

* 

本書の目次は以下の通りです。

第1章 日々のケアにひそむナラティヴ

 1 日々のケアにひそむナラティヴ・アプローチ

 2 ナラティヴのブームと誤解

第2章 ナラティヴとは何か

 1 言葉の話

 2 文学と言語の物語論

 3 現実世界の物語論

 4 ヘルスケアの物語論

第3章 ケアする私、ケアされる私

 1 〈ケアする私〉の物語論

 2 〈ケアされる私〉の物語論

 3 ケアし、ケアされる「私たち」の物語論

第4章 他者のナラティヴを読む —— 解釈的ナラティヴ・アプローチ

 1 医療制度の入口で

 2 急性疾患の臨床現場で

 3 慢性疾患の臨床現場で

 4 日常臨床での解釈的ナラティヴ・アプローチ

 5 ナラティヴの解釈が「ケア」になるとき

第5章 複数のナラティヴの前で —— 調停的ナラティヴ・アプローチ

 1 ナラティヴの不調和

 2 調停における実在論と構築論

 3 ナラティヴの調停が「ケア」になるとき

第6章 他者のナラティヴに立ち入る —— 介入的ナラティヴ・アプローチ

 1 心のケアと心の病い

 2 〈私の物語〉への介入

終章  ナラティヴがケアになるとき

* 


私は本書を、プロフェッショナルなケア者と、家々の屋根の下で病者のケアをしている人に、ともに読んでほしいという気持ちで書きました。もちろん、病いを抱える人、いつかそうなる予感をどこかにいだいている人にも、本書が届いてほしいと思っています。

読みやすいように、できる限り、「病いの現場」で起こっている事例を挙げながら各章を描きました。それでも、「ナラティヴ」というテーマは、いくつもの領域に跨がる学問的な話を持ち出さないわけにはいかないため、少し難しく感じられるところもあるかもしれません。

とりわけ第2章は、文学や言語学の領域での物語論の概略や、哲学の領域の存在論と呼ばれるものに触れていて、「病いの現場」にいる人たちには、あまり馴染みのない感じを与えるでしょう。しかし、これらの内容は、本書の内容を一貫したものとして構成するのに、どうしても必要なものであり、いわば本書の「骨」のようなものです。

残りの各章のうち、第1章は、本書の趣旨を短いエピソードで理解してもらおうとした導入で、第3章は、「ケアする私」「ケアされる私」という二者関係についての内容です。第4〜6章には、ナラティヴを用いた様々なケア実践(本書ではこれらをまとめて「ナラティヴ・アプローチ」と呼んでいます)が整理して収めてあります。

この整理の仕方も本書独自のもので、「解釈」「調停」「介入」という三つの種類のナラティヴ・アプローチとして分類してみました。そこには、有名なホワイトとエプストンの「ナラティヴ・セラピー」から、これまで「ナラティヴ・アプローチ」とは認識されてこなかった数多くのケア実践まで、多種多様なものが収められています。

中には、筆者が取り組んできた臨床倫理の内容や、最近話題のオープンダイアローグ、あるいは「人生紙芝居」のような多種多様なものが入っています。一つ一つがキラキラと輝いていて、個性のきわだつユニークな取り組みですが、これらを「ナラティヴ・アプローチ」という大きな風呂敷のなかに包んでみました。

このような内容に関心を持っていただけたなら、どうか本書を手に取っていただきたいと思います。

 (この文章は、本書「まえがき」を改変したものです。)